
ゲゲゲの女房
水木シゲルさんの話を聞いていて、いろいろ思う。彼は、南方の戦場で、奇跡的に命を取り留め、この日本へ帰還した。何度も死を覚悟したという。彼の戦友たちの殆ど?は、夢にまで見た故郷に帰ることできず、異郷で死んでいった。どんなに故郷に帰りたかっただろう。どんなに愛する人達に会いたかっただろう。その彼らの望郷の強い想いに自分を重ねる時、こんなこと位で、グチを言ってる場合じゃないぞとも思う。
現在の生ぬるい社会に生れ育った僕には、甘っちょろい弱さがある。でも彼らの生きた姿や その厳しい人生の条件を想う時、また違う自分が表に出て来る。6月にこの世を去った父も 89歳の高齢ではあったが やはり青春時代を戦争に生きた人だった。陸軍の将校だったらしいが、その当時の父の古ぼけた写真を見ていると、だらしのない生き方をしている僕は、身が引き締まる想いがする。自分への一切の甘えを排して生きんとした青年将校としての父は、息子のひいき目かもしれないが、限りなく凛々しい。その父を送った僕は、何とだらしのない生き方をしていることか
生前の父は、優しい人だった。僕は父から怒られたことがない。だから生き方に甘さがあるのかも知れないが、あの写真の父から醸しだされる 凛とした清冽な生き方への憧れは 僕の心の中に生きている。
疲れた人たちには心から安らげる場と時間が 必要であることを思いつつ 一方で、どんなに厳しい環境にあっても、それを跳ね返してもっと強く生きる自分への憧れがある。一見矛盾した想いではあるけど、どちらも真実のカケラを持って輝いている。