
在るがままに理解すること
診療に関わっていて、最近いろいろなことに気づき始めた。一つは、私の中に「治そう」という力みがあると、その場が上手く機能しないということ・・どうしても治療者としての自分を意識し過ぎると「治そう」という気持ちの方が強くなってしまい、眼の前の患者さんを先ずあるがままに理解するという 原点を忘れてしまう。どうすればこの症状が治るのか?を考える前に、あるがままのこの人は どうなっているのか、先ず現状を在るがままに理解することを優先しなければ 本質的なことが見えてこない。
その人のあるがままの状態が見えてくると どうしてそのような症状が出ているのかが、自然に分かってくることが多い。だから先ずは その人の現状をあるがままに理解することが大切だし、この理解なしに 症状だけを改善しようと焦っても 意味がない。全体像を把握してからでないと 細部の症状の意味が見えてはこない。「治そう」なんておこがましい力みは捨てて、先ずはあるがままのその人に出会っていくこと・・
その自然な出会いの積み重ねの向こうに、症状からの自由も 自ずから現われてくる感じを持っている。先ず何よりもあるがままにその人を理解すること、心を開いてその人との出会いを楽しむこと・・・その人の中には 本来在るべき姿に戻ってゆく 潜在的な力が眠っているから、その力を目覚めさせてあげればいいだけのこと。治療者は 良き同伴者でしかない。