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    葬式仏教

      父が亡くなり、もうすぐ半年が経つ。時の流れの速さに唖然とする。生前から、父も母も祖父母も御寺に参っていたし、僕も小さな頃からそうしてきた。父の葬儀にあたって、いつもの風景だが、坊さんが数人来て御経を読む。果たしてこの坊さんは 御経の真の意味が分かっているのだろうか?この坊さんの読経によって 父の魂は行くべき場所にちゃんと帰れるんだろうか?

     死んですぐに御経の意味が分かるようになるとは思われないし、坊さんの中には、引導を渡すとか言いながら、「あの世なんか無いよ」と平気で公言している人もいると聞く。あの世がないんなら、御経なんて読んだって何の意味があるのか・・さらに読経が終わってからの講話の内容があまりに低俗で 最近の話題について話したりで、人間の生死や生きることの次元まで深まらない。何か虚しい気がする。こんな話誰だってできるし、この話を聞いて、信仰心が起こるとは思えない。最早、この坊さん達には人を導く力等 無いのではないかと思ってしまう。しかも御礼と称して 高額のお金を支払わないといけない。このお金を稼ぐ為に大変な苦労をしていることを思うと このお金は果たして生かされて使われるんだろうか?

     これが長い間のこの地方のしきたりだから、そのしきたりに従うのがいいのかもしれない。でも納得のいかないお金は、ビタ一文でも払いたくない。戒名の一字が十数万円と聞いてあほらしくなった。あの世に逝って戒名を名乗っている人等いないだろうし、戒名で帰るべき世界が決まるのなら、キリスト教の中世に行われた免罪符と 何も変わらない。

     ブッダは、生きている人々の生きる道を説いて 多くの衆生を迷盲から救った。でもいまの坊さんは、葬義で難しい御経を上げて 商売しているだけにしか見えない。これでは、生きている人も死にゆく人も救われない。
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    プロフィール
    福岡市中央区天神 心療内科 精神科
    心のクリニック新しい風
    http://atarashiikaze.com

    精神科医ギル

    Author:精神科医ギル
    こんにちわ 私は 一人の精神科医です 同時に一人の患者です
    心に浮かぶままに ブログを書いていきます よろしくお願いします

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